がんばれ、ベイベ
04 06, 2021
息子が大学生になりました。
高校、社会人とひとり暮らしはしていましたが、車で1時間のところでしたからワタシは余裕でした。
しかし、今回はちと違う。
飛行機乗って、バス乗って、ちょっと歩いての場所へと行ってしまいました。
昨年の3月に「(職場に)家から通いたい」と言われ引越し。
大学に行きたいと言い出し、仕事を辞めた4月。
5月の二十歳の誕生日を家族そろって迎えることができ感慨深かったな。
それからはバイト生活を送り、1年弱をのんびりと過ごせたっけ。
ストレスフリーの息子はよく食べ、よく寝た。
そのせいか少し身長も伸びて。
この1年間はワタシへのサービス期間と言わんばかりにたっぷりまったり。
コロナさえなければきっと旅行もしていたな。
夕食メニューに悩むこともあったけど、それはそれで幸せだった。
離れることがわかっているからその時間さえ愛おしい。
もう行っちゃったんだなぁ。
この時期の他県への移動は本当に勇気のいるものでして、結果ワタシは仕事を辞めました。
元々が正職員ではないので1年更新みたいなもの。
なかなか落ち着かないコロナの状況をみていたら結局一度も新生活への準備が現地でできなかった。
息子が入試の時に一度行ったきり。
住むところをネットで探し、web契約をして先月末初めて行きました。
二十歳を超えているとはいえ、学生だし知り合いもいない。
生活をするにあたってある程度は整えてやらねばという思いが強かったし、息子ひとりで行かせて何もかも準備させるのはどうなのか。
何かあって行かねばならない時もどうやって行けばいいのか分からないし、、なんて思いが勝っちゃって仕事の更新はやめた。
なにしろ帰ってきてから仕事に行くことに抵抗があって。
緊急事態宣言中が解除されたところで誰もが感じる思いを持ったまま仕事行けないなと。
対策はしっかりしていても、仕事柄やはり悩む。
黙って行ってしれっと仕事するのもありかもですがワタシにはできないな。
実際、更新期限前に話をしたらイイ顔はされなかった。
そりゃそうだ。立場上仕方のないことだし。上司に罪はなし。
ワタシの決断に同僚は困惑していたけれどワタシはサッパリとしたもの。
仕事は選ばねばなんでもある!と、思っているので(実際は難しいけどw)
年休を残しておいて年度末を少しだけ早く迎えてワタシは息子に付いて行ってきました。
ワタシの帰る日も決めず、初めての土地を散策しながらの生活を整える期間。
車のない生活の不便さと田舎ではまずありえないバスに乗っての買い物できる便利さ。(ICカード作ったぜw)
久しぶりの歩くという生活に脚はパンパン筋肉痛。
体力のなさを思い切り痛感し改めて自分に何が必要なのか思い知らされた期間でした。
ワタシに気を遣ってくれすぎて(←親失格)息子が疲弊してるのが分かった。
息子の為、と言いながら付いては来たけど、ワタシ自身が納得する時間が欲しかったのかもしれないとも気づいた期間。
2~3日でパパッと整えて「じゃがんばるんだよ!」と帰ってしまえば良かったのかもしれないと気づいた期間。
結局一緒にいればいるだけワタシは別れが辛くて、息子は自分のペースがつかめなったと気づいた期間。
帰る日を漠然と決めていたら1日の差で飛行機代5,000円もちがって驚愕。
考え甘くて痛い目にあった期間でもあった。
帰る日は息子の寝顔にお別れ言って部屋を出ました。
早朝だったこともあるし、見送られると悲しくて苦しくてたまんない。
声かけたけどぐっすり寝ていたので起きなかった。←いつものこと
なのでひとりで泣きながらバス停まで行って。
空港まで行くバスに乗り換える前に目覚まし電話したらちゃんと起きてて少し話をして。
やっぱり泣けちゃうなーと言葉に詰まっていたら「えー」と、困り声。
そりゃそうだよねぇw
ま、すぐに立ち直りましたけどね。
無事に飛行機乗って帰ってきました。
思い出す度に涙出ちゃうんだけどね。
今日はそうでもなかったけど、今こうして書き連ねているとやっぱり泣けてくる。
ダメねワタシって。
奨学金借りてバイトしながら生活するって。
そんな上手いこといかないと思ってしまうけど、本人がそう考えてしたいと思ってることにケチはつけらんないですよね。
困った時に変な方へいかないでってことと、頼られる親でありたいと思ってることは伝えたけどどんなもんかな。
あ。
今のところ体調に変化なく過ごしてます(*´ω`)
がんばれ、ベイベ
(FUJIIKAZEのさよならベイベが浮かんだ)
高校、社会人とひとり暮らしはしていましたが、車で1時間のところでしたからワタシは余裕でした。
しかし、今回はちと違う。
飛行機乗って、バス乗って、ちょっと歩いての場所へと行ってしまいました。
昨年の3月に「(職場に)家から通いたい」と言われ引越し。
大学に行きたいと言い出し、仕事を辞めた4月。
5月の二十歳の誕生日を家族そろって迎えることができ感慨深かったな。
それからはバイト生活を送り、1年弱をのんびりと過ごせたっけ。
ストレスフリーの息子はよく食べ、よく寝た。
そのせいか少し身長も伸びて。
この1年間はワタシへのサービス期間と言わんばかりにたっぷりまったり。
コロナさえなければきっと旅行もしていたな。
夕食メニューに悩むこともあったけど、それはそれで幸せだった。
離れることがわかっているからその時間さえ愛おしい。
もう行っちゃったんだなぁ。
この時期の他県への移動は本当に勇気のいるものでして、結果ワタシは仕事を辞めました。
元々が正職員ではないので1年更新みたいなもの。
なかなか落ち着かないコロナの状況をみていたら結局一度も新生活への準備が現地でできなかった。
息子が入試の時に一度行ったきり。
住むところをネットで探し、web契約をして先月末初めて行きました。
二十歳を超えているとはいえ、学生だし知り合いもいない。
生活をするにあたってある程度は整えてやらねばという思いが強かったし、息子ひとりで行かせて何もかも準備させるのはどうなのか。
何かあって行かねばならない時もどうやって行けばいいのか分からないし、、なんて思いが勝っちゃって仕事の更新はやめた。
なにしろ帰ってきてから仕事に行くことに抵抗があって。
緊急事態宣言中が解除されたところで誰もが感じる思いを持ったまま仕事行けないなと。
対策はしっかりしていても、仕事柄やはり悩む。
黙って行ってしれっと仕事するのもありかもですがワタシにはできないな。
実際、更新期限前に話をしたらイイ顔はされなかった。
そりゃそうだ。立場上仕方のないことだし。上司に罪はなし。
ワタシの決断に同僚は困惑していたけれどワタシはサッパリとしたもの。
仕事は選ばねばなんでもある!と、思っているので(実際は難しいけどw)
年休を残しておいて年度末を少しだけ早く迎えてワタシは息子に付いて行ってきました。
ワタシの帰る日も決めず、初めての土地を散策しながらの生活を整える期間。
車のない生活の不便さと田舎ではまずありえないバスに乗っての買い物できる便利さ。(ICカード作ったぜw)
久しぶりの歩くという生活に脚はパンパン筋肉痛。
体力のなさを思い切り痛感し改めて自分に何が必要なのか思い知らされた期間でした。
ワタシに気を遣ってくれすぎて(←親失格)息子が疲弊してるのが分かった。
息子の為、と言いながら付いては来たけど、ワタシ自身が納得する時間が欲しかったのかもしれないとも気づいた期間。
2~3日でパパッと整えて「じゃがんばるんだよ!」と帰ってしまえば良かったのかもしれないと気づいた期間。
結局一緒にいればいるだけワタシは別れが辛くて、息子は自分のペースがつかめなったと気づいた期間。
帰る日を漠然と決めていたら1日の差で飛行機代5,000円もちがって驚愕。
考え甘くて痛い目にあった期間でもあった。
帰る日は息子の寝顔にお別れ言って部屋を出ました。
早朝だったこともあるし、見送られると悲しくて苦しくてたまんない。
声かけたけどぐっすり寝ていたので起きなかった。←いつものこと
なのでひとりで泣きながらバス停まで行って。
空港まで行くバスに乗り換える前に目覚まし電話したらちゃんと起きてて少し話をして。
やっぱり泣けちゃうなーと言葉に詰まっていたら「えー」と、困り声。
そりゃそうだよねぇw
ま、すぐに立ち直りましたけどね。
無事に飛行機乗って帰ってきました。
思い出す度に涙出ちゃうんだけどね。
今日はそうでもなかったけど、今こうして書き連ねているとやっぱり泣けてくる。
ダメねワタシって。
奨学金借りてバイトしながら生活するって。
そんな上手いこといかないと思ってしまうけど、本人がそう考えてしたいと思ってることにケチはつけらんないですよね。
困った時に変な方へいかないでってことと、頼られる親でありたいと思ってることは伝えたけどどんなもんかな。
あ。
今のところ体調に変化なく過ごしてます(*´ω`)
がんばれ、ベイベ
(FUJIIKAZEのさよならベイベが浮かんだ)
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